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横浜地方裁判所 昭和51年(ヨ)26号 決定 1976年4月20日

債権者

村田恒雄

右代理人

鵜飼良昭

外二名

債務者

五十嵐寛

ほか一名

右代理人

旅河正美

外二名

主文

本件仮処分申請をいずれも却下する。

申請費用は債権者の負担とする。

理由

一当事者の求めた裁判

1  債権者

(一)  債務者らは、別紙目録(一)記載の土地上に建築中の建物の二階以上の部分のうち、別紙図面(一)および(二)の赤斜線で表示された部分を撤去せよ。

(二)  債務者らは、別紙図面(三)表示の日影を超えるような別紙目録(一)記載の土地および同土地上に建築中の建物における増築・新築ならびに工作物の設置等の行為を一切してはならない。

2  債務者ら

(一)  本件仮処分申請をいずれも却下する。

(二)  申請費用は債権者の負担とする。

二当裁判所の認めた事実

本件疎明資料および審訊の結果によれば、次の事実を一応認めることができる。

1  (当事者)

(一)  債権者村田恒雄(以下債権者という)は、医師であり、別紙目録(二)記載の土地(以下債権者土地という)を所有し、同土地上に同目録(三)記載の建物、以下債権者建物という)を所有し、昭和四九年四月二六日より同建物一階部分において「湘南整形外科医院」(診療科目は整形外科・皮膚科ならびに理学診療科である。)を開業し、同建物二階部分に家族らと共に居住している。

(二)  債務者五十嵐寛(以下債務者五十嵐という)は医師であり、債権者土地の南側に隣接する別紙目録(一)記載の土地(以下債務者土地という)を所有し、同土地上に左記のような規模内容の建築を計画し、昭和五〇年六月三〇日建築確認を得て、債務者板谷建設株式会社(以下債務者会社という)に右建築工事を請負わせ、その後債務者会社は右工事に着手し、本件仮処分申請時において既に、鉄骨組立てが完了し、外壁であるコンクリート板が嵌込まれた状態にあつた(以下左記工事中の建物を本件建物という)。

(1) 用途 産婦人科医院

(2) 構造 重量鉄骨H鍛造二階建屋上階段室付き

(3) 建物の最高の高さ 6.8メートル(但し現況は、七メートルである。)

(4) 敷地面積 915.623平方メートル

(5) 建築面積 214.470平方メートル

(6) 延べ面積 435.860平方メートル

2  (地域性)

(一)  債権者建物および本件建物が所在する地域一帯は、都市計画上市街化調整区域に指定されており、宅地化の進行が或る程度認められるものの、本件建物の近辺の建物は平家または二階建の木造家屋がその殆どを占め、その周辺には未だ農地や樹林が豊富に残存しており、近い将来市街化区域に繰入れられる計画はない。

なお、本件建物の直近から北西方向には広大な県営いちよう団地が拡がり、該地域は、団地開発の必要上、第二種住居専用地域に指定されている。

右のような状況の下に債権者は、本件建物建築工事が開始されるまでは、何らの阻害もなく日照を享受してきた。

(二)  横浜市においては、同市の横浜国際港都建設計画高度地区に関する決定(決定告示三二〇号)により、最高限第一種高度地区における建物の高さにつき、「建築物の各部分の高さの最高限度は、当該各部分から隣地境界線までの真北方向の水平距離の0.6倍に五メートルを加えたものとする。ただし、一〇メートルをこえてはならない。」との規制が定められており、かつ、都市計画において第一種住居専用地域はすべて最高限第一種高度地区に定められている。

ところで、横浜市は、市街化調整区域における建築について、第一種住居専用地域における建築規制に準じて行政指導を行なつており、その実効性を担保するため、開発或いは建築許可に際しては、第一種住居専用地域における規制に準じた内容の許可条件を付することとしている。もつとも、本件建物は、医療施設であることから、開発或いは建築許可の対象とはならず、現に債務者らは本件建物の設計、建築に際し、市の行政指導は受けていない。

ちなみに、前記高度規制に照らすと、本件建物の北側壁面から債権者所有地との境界線までは三メートルの水平距離であり、かつ、北側壁面の現実の高さは七メートルであるから、北側壁面部分についてみると、二〇センチメートル弱ほど右規制を越えていることになる。

3  (日照阻害等)

(一)  (日照阻害)

本件建物の現況による冬至における債権者の日照阻害の状況は次のとおりである(なお、後記のとおり、屋上階段室は設置されないことになり、空調設備等の屋上構築物は、本件建物南東側部分に設置予定であり、これらによる日影は現況を越えるものではない。)。

(1) 債権者建物南側開口部

(イ) 一階南西部分である薬室、診療室ならびに処置室各開口部(各開口部の下辺は地盤面から約1.4メートルの高さにあり、約1.2メートルの高さで立上がつている。)は午前九時には既に完全に日影に入り、以降午後三時まで完全日影のままである。

(ロ) 一階南東部分である入院室(二室)および応接室各開口部(各開口部の地上高等は南西部分各開口部と同じ。)は、正午頃から西側部分より順次徐々に日影に入りはじめ、午後二時頃完全日影となる。

(ハ) 二階南西部分である寝室開口部は、午後二時頃から日影に入りはじめ、午後三時頃完全日影となる。

(2) 債権者建物敷地東側空地部分は、その地盤面において、午後一時過ぎから日影に入りはじめ、午後三時頃完全日影となる。

なお、春秋分時においては、日照阻害が最も著しい債権者建物一階南側南西部分開口部にあつては、午後二時半以降日影に入りはじめるが、完全日影となることなく推移して午後五時前に日影を脱する。そして、右以外の同建物南側開口部については日照阻害はみられない。

(二)  (日照以外の生活妨害)

(1) (通風、圧迫感)

債権者建物の四囲は、空地、駐車場等空間に恵まれ、南側に本件建物が存するものの、これによる顕著な通風阻害、圧迫感の増大があるものとはにわかに認め難い。

(2) (プライバシー侵害)

債権者は、本件建物の二階から債権者の診療室等が見下ろされ、患者らのプライバシーが侵害されると主張するが、これについては、本件建物二階北側部分の窓に不透明硝子を使用すれば債権者建物に対する観望を相当程度防止することが可能であると思料され、かつ、債権者建物の診療室等一階南側部分の窓には不透明硝子が使用されているのであるから、本件建物によつて著しい債権者或いは患者のプライバシー侵害が惹起されるものとは認められない。

4  (その他本件において斟酌すべき事情)

(一)  (債務者五十嵐の譲歩)

(1) 本件建物は、元来債権者所有地との境界線から二メートルの距離をおいて建築するように計画され、その旨建築確認を得たのであるが、目撃者から日照につき配慮するように要請され、協議の結果 三メートルの距離をおくことに譲歩し、建築した。

(2) 本件審尋の過程において、右同様、建築予定であつた屋上階段室の建築取止めおよび本件建物屋上東側フエンスを鉄製パイプに変更することを各了承し、既に屋上階段室用鉄骨を切断除去し、各フエンスを除去した。

(3) 同様審尋の過程において、空調設備等屋上構築物の設置について、これらにより現況以上の日照阻害を債権者に与えることがないように、その設置位置および高さを決定する旨言明し、右趣旨に沿う設計図を裁判所および債権者に提示している。

(二)  債権者の経営する湘南整形外科医院は、県営いちよう団地および上飯田団地の住民ならびに周辺居住者の医療需要に応えるため開設されたものであり(近辺には同医院の他に同種の医院は存在しない。)、冬期においては中高年令者の神経痛、関節リユーマチ、腰痛患者が増大する。本件建物により、前記認定のように冬至においては診療室および処置室への日照が期待できなくなり、入院室および応接室についても日照時間が相当程度削減され右各室の採光についても或る程度の阻害が認められるのであるから、従来と比較すれば、同医院の医療環境が劣化したことは否めない。

(三)  (加害および被害回避の可能性)

(1) (加害回避の可能性)

債務者五十嵐は、債権者が債権者建物を建築、開業後、同建物敷地南側の空地であつた債務者土地を買得したものであり、かつ、同土地は、915.623平方メートルと比較的広い(債権者土地のほぼ二倍の面積がある。)のであるから、本件建物の規模内容からすれば、債権者に対する日照阻害等の生活妨害につきより一層の配慮をし、その位置等につき適切な設計を施すことは容易であつた。

(2) (被害回避の可能性)

債権者建物の敷地東側部分は なお相当の空地となつており、債権者建物と本件建物との位置関係からすれば、右空地部分に医療用施設を建増し(現在債権者は入院室等の増築計画を有している。)併わせて診療室、処置室等の配置換えを施せば、日照享受につき或程度の好転が期待される。

以上のとおり一応認めることができる。

三判断

そこで 前記疎明事実に照らし、本件申請の当否につき判断する。

本件建物により、前記認定のように冬至においては 債権者建物一階の診療室および処置室の南側各開口部は終日日照を阻害されるに至り、その程度は甚大であつて、医師たる債権者にとつて、右事態は前記4(二)認定の事実に徴し、少なからぬ精神的苦痛を受くべきものであることが推察される(なお、一階薬室についても終日日照阻害が認められるのであるが、これにより債権者が被る損害については疎明がない。)。しかし、一階入院室(二室)および応接室の南側各開口部においては、午前中は完全な日照を享受できるのであり、以降午後二時頃までは部分的ながらもなお日照を享受できること、また、債権者および同人の家族が居住する二階寝室南側開口部においては、午後二時頃まで完全な日照を享受できるのであり、二階和室南側開口部においては日照阻害は殆ど認められないこと、そして、春秋分時においては、日照阻害が最も著しい一階診療室等建物南西部所在各室南側開口部にあつても、午後二時半以降漸く部分的な阻害を受けるのみで、その他の建物南側開口部については日照阻害はなく、本件建物の債権者建物に対する日照侵害は比較的短期間のものであることが窺えること、その他前記認定の採光、通風阻害の状況、圧迫感の程度、プライバシー侵害の虞れ等の事情を考慮すると、本件建物によつて債権者が受ける人格権的或いは経済的損害は特段に著しいものとは認め難い。

更に、また仮に、債権者主張のように、本件建物の建築関係法規適合性の判断において、横浜市の第一種住居専用地域(最高限第一種高度地区)の規制に準ずべきものとしても、その高度規制に関し、前記二2(二)認定のように建物北側壁面部分において二〇センチメートル弱程度の超過が認められるにとどまり、右二〇センチメートルの相違が債権者建物に対する日照侵害について有意義な変化をもたらすものとは認められないこと、前記二認定の諸事情その他本件に顕われた一切の事情を総合衡量すると、なるほど債務者五十嵐は、債権者と同じ医師という立場からしても、また前記二4(三)(1)認定の事情からみても、本件建物により債権者被るべき日照阻害等の被害につきいささか配慮に欠けていたと評すべきであり、この点において債権者の憤慨も無理からぬことというべきではあるが、結局、本件建物によつて債権者の被る不利益の程度は、いまだ社会生活上一般に受忍すべき程度を越え、その侵害の差止或いは排除を認容すべき程度には至つていないものというべきである。

してみると、本件仮処分申請中本件建物の一部の撤去を求める部分は被保全権利の疎明がないことに帰し、また保証をもつて右疎明に代えることも相当でなく、また、現在の日影を超える債権者土地、建物における増築、新築ならびに工作物の設置等の行為の禁止を求める部分は、債務者において現在そのような計画を有していないのであるから、その必要性がないことが明らかである。よつて、その余の点につき判断するまでもなく失当としていずれもこれを却下することとし、申請費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり決定する。

(川勝隆之)

目録、図面<省略>

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